さよなら岐阜の路面電車
 平成17年3月31日、名古屋鉄道の600V区間が合理化のため廃線となった。岐阜市内線・揖斐線・田神線・美濃町線の廃止。それは、美濃町線に4区間残った「通票式」の終焉でもあった。

 同じ日、日立電鉄、のと鉄道の廃線も重なったが、写真集の主役の一つである美濃町線を訪れるのは絶対であった。

 他の事業者に売却して存続という可能性もあったが、岐阜市内の「危険な安全地帯」がそれを阻んだ。ただ路面に緑で表示しただけの安全地帯を車が踏み越えていく。乗客は電車が近づいてから、安全地帯に渡っていた。

 それを知らない人が何人も、最終日には安全地帯で撮影していた。非常に危険であったが、幸い事故にはならなかったようである。

 当初、関発最終・新関発最終岐阜行きを撮影するつもりだったが、関市・美濃市の住民は廃止に怒っているので、ほとんどイベントらしいイベントもないだろうという情報が入り、名鉄岐阜駅前のさよならイベントの撮影に変更した。

 駅前は別れを惜しむ人であふれていた。周辺は路上駐車が列を成したが、22時を過ぎて時間が遅かったため問題にはならなかった。私は車から脚立を取り出し、人だかりに加わった。

黒野行き最終

 黒野行き最終からイベントは始まった。花束の贈呈、電車でのテープカット。

黒野行き最終
 電車が動き出し、テープが切れる瞬間。簡単に中央から切れるようになっていた。

  黒野行き最終

 テープが切れた。

名鉄岐阜駅前行き最終
 最後の上り電車が到着。この後、岐阜駅前方にいったん引き上げ、出発線に入線。

忠節行き最終
 最後の下り電車、忠節行きが発車待ち。岐阜市営バスのさよなら花バスが、電車の周囲に集まった人で通れず、しばらく静かに成り行きを見守っていたというシーンもあった。

 実は「花電車」とか、「さよなら横断幕を車体横に掲げた電車」とか、昭和40年代ごろの路面電車の最後の姿を期待していたのだが、前面の窓にシールが貼られたりした程度でがっかりな面もあった。510などの旧車も走らせず、通常どおりの運行で実にあっさりとした名鉄。最後の電車もラッピング広告車。

忠節行き最終
 まもなく発車。満員の客を乗せ、遅れて出発した。

黒野行き最終
 名鉄岐阜駅前から徹明町を通り帰る途中、忠節方面から市ノ坪に向かう回送電車が車の前に。これが岐阜の路面電車の見納めとなった。新関からは、0時過ぎに本来滞泊する4両の電車が続行運転で市ノ坪に向かったが、写真では収められない(ばらばらで1枚に収まらない)ので、見送らなかった。
 翌朝、電車の走らなくなった線路の上を車で走った。もう電車が走らないということを、脳裏に刻み込むために。


最初に路面電車最後の様子を載せました。


それでは非自動っぽい下芥見の様子です。


 朝のモ600運用で徹明町から下芥見へ。残念ながらここで折り返しのため通票なし。しかし行先板を運転士が変える部分が非自動。





 モ600の代わりと言ってはなんだが、ワンマン化後、徹明町−日野橋専用だったモ870が通票区間を走るようになった。これはこれで良いシーン。


 下芥見は無人。普通は先に入線する上り電車の運転士がこのように通票を持って、反対ホームの下り電車に渡しに行く。


 美濃町線の主力モ880。


 もちろん2000年登場のモ800の通票扱いもある。考えてみればほとんど撮ったことがない。


 最終日の朝、保線用車両(とは呼べないが)をトラックで回収しに来た。


 子供たちはこの電車をいつか懐かしく思うことがあるのだろうか。


 白金の併合化シーン。


 保安取扱者が車両の間に立って通票を交換し、先行車に通票を掲示している。白金駅での確認を怠っていたため、廃止前日になって遭遇したこのシーン。下芥見よりずっと面白い!曇りの日に撮りたかった。


 最終日も晴れ。しかし、このシーンのため570系の市内線追従回送運転をパスした私。仕方ありません。非自動マニアなのですから。
 通票式ですから、ふだんは運転士同士で直接交換していました。よってちょっと変わったシーンであったわけです。


 美濃北方駅


 さよならイベントが駅前で行われていました。


 ホームも見物客であふれています。





 この子は大きくなったとき、自分もこの電車を見たことを教えられて、それでも、「ここに電車が走っていたなんて」と思うことでしょう。


 この子たちは今日のこの時のことを、うっすらと覚えているかも知れませんね。

 その他


 朝の徹明町で出発待ちの白帯入りモ606。


 梅林にて。続行票掲示中。


 交通信号メンテナンス中で、道路で手信号を送る作業員。


 最終日の朝、旧型車が集った徹明町。







 市ノ坪の幹事区


 最終日の午後、構内での撮影イベントにて。市ノ坪の駅にも全然案内がないので、11時ごろ見に行ったときには知りませんでした。しかし、テントの設営を行っていたため、後で何かあるに違いないと気付き、再び行ってみると入れたのです。
 テントでは飲食物が売られていたので若干売上げに貢献しました。お昼食べる暇もなかったですし。
 でも、午前中にいた緑の旧塗装車がいなかったので、すぐに撮影に向かいました。結局、運転士が花粉症らしく白マスクだったので、がっかりでしたが。